サッカー選手のキャリアを脅かす怪我やスランプ。一方で、どんな逆境も乗り越え、トップへと駆け上がっていく選手もいます。彼らを分けるものは、本当に「生まれつきの才能」だけなのでしょうか?
もし、将来活躍できる選手のポテンシャルを、身体能力だけでなく「心」のデータから予測できるとしたら…?
今回は、そんなスポーツの未来を塗り替える可能性を秘めた、アスリートの心理的特性と長期的成功の関係を解き明かした最先端の研究をご紹介します。
この論文、すごさを3行で言うと
- 将来トップ選手になるかを分けるのは、ユース年代の身体能力よりも「心の力」だった。
- 特に「やり抜く力(グリット)」と「成長を信じる心(成長マインドセット)」が成功を予測する重要なカギ。
- 才能は「見つける」ものではなく、科学的なアプローチで「育てる」ことができる可能性を示した。
解説:なぜ「心」の研究が必要なのか?
これまで、サッカー界での「才能発掘(タレントID)」は、足の速さやボールテクニック、体の大きさといった、目に見える身体的な特徴に重点が置かれがちでした。もちろん、それらも重要な要素です。
しかし、同じように優れた素質を持つ選手がいても、ある選手はプロになって大活躍し、ある選手は途中で伸び悩み、競技を去ってしまう。この違いはどこから来るのでしょうか?
近年、この「差」を生み出す要因として、困難に立ち向かう力や物事の捉え方といった心理的な側面が注目されています。今回の研究は、この「心の力」を科学的に測定し、選手の将来的な成功とどう結びつくのかを長期的に追跡した画期的なものなのです。

- 参照する論文のテーマ: Psychological predictors of long-term success in elite youth athletes (エリートユースアスリートにおける長期的成功の心理学的予測因子)
- 著者/発表年: 主に2020年以降の複数の研究成果 (例: Zuber, C. et al., 2020; MacNamara, Á., & Collins, D., 2015など) を統合。
- 論文の要点:
- 課題: ユース年代で有望とされた選手が、必ずしもトップレベルで成功するとは限らない「才能の移行問題」を、心理学的側面から解明する。
- 方法: 数百人の有望なユース選手を数年間にわたり追跡。身体能力データに加え、心理テスト(グリット、マインドセット、レジリエンス等を測定)を実施し、その後のキャリア(プロ契約の有無など)と比較分析する。
- 結果: ユース年代での一時的な身体能力の優位性よりも、グリット(Grit)や成長マインドセット(Growth Mindset)といった心理的特性の方が、将来トップアスリートとして成功するかどうかをより強く予測していた。
解説:ここがスゴい!論文の2大ポイント
この研究の革新的な点は、アスリートのポテンシャルを測る新しいモノサシ、「グリット」と「成長マインドセット」の重要性を科学的に示したことです。

ポイント①:やり抜く力(Grit)
「グリット」とは、日本語で「やり抜く力」と訳され、長期的な目標に向けた情熱と粘り強さを意味します。
- 情熱: 自分のやっていることに強い興味と意義を感じている状態。
- 粘り強さ: 失敗や困難、スランプがあっても、諦めずに努力を続けられる力。
サッカーで例えるなら、怪我で長期離脱しても、腐らずに地道なリハビリを続け、以前より強くなって復帰する選手。あるいは、レギュラーから外されても、自分の課題と向き合い、黙々と練習を続けてポジションを奪い返す選手は、グリットが高いと言えます。
<小学生・中学生でもできる!グリットを育む練習法>
- 「あと5回」チャレンジ: リフティングやドリブル練習で、「もう限界!」と思ってから「あと5回だけ」続けてみる。この小さな成功体験が粘り強さを育てます。
- ヒーローノート: 自分の好きなサッカー選手の「諦めなかったエピソード」を調べてノートに書く。困難を乗り越えるイメージを持つことができます。
ポイント②:成長マインドセット(Growth Mindset)
「成長マインドセット」とは、「自分の能力や才能は、努力や挑戦によって伸ばすことができる」と信じる考え方です。
これに対し、「自分の能力は生まれつき決まっている」と考えるのが「固定マインドセット(Fixed Mindset)」です。
| 成長マインドセット | 固定マインドセット | |
|---|---|---|
| 考え方 | 才能は努力で伸ばせる! | 才能は生まれつき |
| 挑戦 | 難しいことにも挑戦する | 失敗を恐れて挑戦を避ける |
| 失敗 | 成長のチャンスと捉える | 自分の能力不足の証明と捉える |
| 努力 | 成功への道筋 | 才能がない人がやること |
試合でミスをした時、「俺はやっぱりダメだ…」と落ち込むのではなく、「今のミスはなぜ起きた?次はどうすれば成功する?」と学びの機会と捉えられる選手は、成長マインドセットを持っています。こういう選手は、壁にぶつかるたびに強くなっていきます。
<小学生・中学生でもできる!成長マインドセットを育む練習法>
- 「できたこと探し」日記: その日の練習で「新しくできるようになったこと」や「昨日より少し上手くいったこと」を寝る前に3つ書き出す。自分の成長を実感することが大切です。
- 「なぜなぜ」分析: ミスした時に、「なんでミスしたんだろう?」→「ボールをもらう前の準備が遅かったから」→「じゃあ次はもっと周りを見ておこう」と、原因と対策をセットで考えるクセをつける。
解説:明らかになったことと今後の可能性
この研究は、私たちに非常に重要な示唆を与えてくれます。
- 指導のパラダイムシフト: 指導者は、技術や戦術を教えるだけでなく、選手の「グリット」や「成長マインドセット」を育むメンタルコーチとしての役割がより重要になります。失敗を責めるのではなく、挑戦を称賛し、学びを促す声かけが選手の未来を創ります。
- 育成年代での活用: 選手の心理的特性をデータで把握することで、一人ひとりに合ったアプローチが可能になります。例えば、挑戦を恐れがちな選手には小さな成功体験を積ませる課題を与えたり、飽きっぽい選手には目標を細かく設定して情熱を維持させたり、といった個別最適化された育成が期待できます。
- スカウティングへの応用: 将来性を見抜く「目」として、身体能力だけでなく心理的特性の評価が導入されるかもしれません。これにより、今はまだ体が小さく目立たなくても、内に秘めたポテンシャルを持つ選手を発掘できる可能性が広がります。
このテクノロジー(心理テストやデータ分析)が実用化されれば、サッカーの育成現場はより科学的で、選手の可能性を最大限に引き出す場所へと進化していくでしょう。
考察:現場で使う上での課題は?
この素晴らしい研究成果ですが、実際のチームで導入するにはいくつかの課題も考えられます。
- 「ラベリング」の危険性: 心理テストの結果だけで、「この選手はグリットが低い」「あの子は固定マインドセットだ」と決めつけてしまうのは非常に危険です。あくまでデータは選手の「今」を理解するための一つのツールであり、成長をサポートするために使うべきです。
- 指導者のスキル: データを正しく解釈し、選手の心を育むような適切なフィードバックや環境設定ができる、専門的な知識を持った指導者の育成が不可欠です。テクノロジーだけあっても、使いこなす人がいなければ宝の持ち腐れになってしまいます。
- 文化の醸成: 選手の成長マインドセットを育むには、チーム全体が失敗を許容し、挑戦を奨励する文化であることが重要です。監督の顔色をうかがい、ミスを恐れてプレーが萎縮してしまうような環境では、どんな優れた理論も機能しません。
これらの課題を乗り越え、技術と人間的なサポートが両輪となって初めて、真の才能育成が実現するのだと私は考えます。
まとめ
- 将来の成功は、身体能力だけでなく「グリット」と「成長マインドセット」という心の力が大きく関わっている。
- これらの力は、日々の練習や意識の仕方で誰もが育てることができる。
- サッカーと医療、テクノロジーが融合することで、選手の才能育成は新たなステージに進もうとしている。
「自分には才能がない」なんて、もう言う必要はありません。この記事を読んだあなたも、日々の練習で「あと一歩」の粘り強さと、「ミスから学ぶ」姿勢を大切にしてみてください。未来のトップアスリートは、今日のあなたの「心」のあり方から生まれるのかもしれません。
参考文献・主要な研究
上記の解説の基盤となった、代表的な学術論文・書籍をご紹介します。
1. グリット(Grit: やり抜く力)に関する研究
「グリット」という概念を心理学の世界に広めた、最も基本的かつ重要な論文です。
- 著者/発表年: Duckworth, A. L., Peterson, C., Matthews, M. D., & Kelly, D. R. (2007).
- 論文タイトル: Grit: Perseverance and passion for long-term goals.
- 掲載ジャーナル: Journal of Personality and Social Psychology, 92(6), 1087–1101.
- 概要: 心理学者アンジェラ・ダックワース氏による「グリット」の原典。知能指数(IQ)や身体能力といった才能以上に、「グリット」が目標達成を強く予測することを明らかにしました。
2. 成長マインドセット(Growth Mindset)に関する研究
「成長マインドセット」と「固定マインドセット」の概念を提唱した、スタンフォード大学のキャロル・ドゥエック教授の研究です。
- 著者/発表年: Dweck, C. S. (2006).
- 書籍タイトル: Mindset: The new psychology of success.
- 出版社: Random House.
- 概要: 「能力は努力で伸ばせる」と信じる成長マインドセットが、挑戦への姿勢、失敗からの回復力、そして最終的な達成度にどう影響するかを体系的に解説。スポーツ界にも大きな影響を与えた一冊です。
3. スポーツ分野における心理的特性の研究
上記の基礎研究を、より具体的にアスリートの才能育成に応用した研究の一例です。
- 著者/発表年: Zuber, C., & Conzelmann, A. (2020).
- 論文タイトル: The role of personality in predicting performance and dropout in elite youth soccer players.
- 掲載ジャーナル: German Journal of Exercise and Sport Research, 50(3), 305–315.
- 概要: エリートユースのサッカー選手を対象に、性格特性(誠実性やグリットなどを含む)が、その後のパフォーマンスや競技からの離脱を予測するかを調査。身体スキルだけでなく、心理的特性の重要性を示唆しています。
【免責事項】 この記事は、特定の研究論文や学術的知見を紹介し、一般的な情報提供を目的としています。個別の健康問題や医療に関する判断を代替するものではありません。具体的な症状や健康上の懸念がある場合は、必ず医師や専門の医療機関にご相談ください。この記事で紹介する練習法は、安全に配慮した上で行ってください。




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