「50m走、何秒?」…子どもの頃から当たり前のように測ってきたこのタイム。サッカー選手にとって、速いことに越したことはありませんが、果たしてこの記録は、サッカーの試合で本当に役立つ「走力」を表しているのでしょうか? ボールを持った瞬間の一歩、相手を置き去りにする数メートル、そして90分間走り切るスタミナ…サッカーで求められる「走る能力」は、50m走のタイムだけでは語れません。
この論文、すごさを3行で言うと(複数の論文からの統合)
- サッカーにおいて、50m走のタイムは、特に「短距離での加速能力」の指標として依然として重要である。
- しかし、サッカーで本当に重要なのは、短い距離での爆発的なスプリント能力と、それを繰り返す能力(反復スプリント能力)、そして方向転換を伴うスプリントである。
- ポジションによって求められる走りの「距離」「回数」「種類」は大きく異なり、単一の指標では評価できない。

解説:研究の背景と目的
なぜ「50m走」がサッカーの文脈で議論されるのでしょうか?
50m走は、小学校の運動能力テストや、一部のサッカーセレクションなどで指標として使われることがあります。これは、50m走が「すばやさ」と「力強さ」、つまり「スピード」を評価する一般的な指標とされているためです。特に、スタートから加速して最高速度に到達するまでの能力を測るのに適していると考えられてきました。

しかし、サッカーの試合は陸上競技のように一直線を全力で走る場面ばかりではありません。短い距離でのダッシュ、急な方向転換、ボールを追いかける際の加速と減速、そしてそれを90分間繰り返す能力など、多岐にわたる走りの要素が求められます。そのため、単に「50mが速い」というだけでは、必ずしも「サッカーが上手い」とは直結しないという意見も出てきています。
この背景から、サッカーの試合で実際にどのような走力が求められているのか、そして50m走の記録がその中でどのような意味を持つのかを、より詳細に分析する研究が進められています。
解説:ここがスゴい!論文のポイント(複数の論文からの統合)
一流のスポーツ選手、またスポーツに特化した医者の視点から、サッカーにおける「走力」の革新的な視点を解説します。
1. 50m走は「加速能力」の一つの指標
確かに、50m走のタイムは、「どれだけ早くトップスピードに乗れるか」という加速能力の指標としては有効です。特に10mや20mといった短い距離のタイムとの相関も高く、50mが速い選手は、ほとんどの場合、短い距離でも速い傾向にあります。
ちなみに初速に関しては別記事で論文を解説しています。

これは、サッカーにおける「裏への抜け出し」「ドリブルでの突破」「相手への寄せ」といった場面で、初速の速さが非常に重要になることを意味します。セレクションで50m走が測られるのも、選手の基本的なスプリントポテンシャルを把握するためだと言えるでしょう。
2. サッカーで本当に求められる「距離」と「時間」
しかし、サッカーの試合中、選手が直線的に50mを全力疾走する機会はそう多くありません。むしろ、試合で頻繁に起こるのは、以下の「距離」と「時間」でのスプリントです。
- 短い距離(0-20m)での爆発的な加速:
- ボールへの一歩目
- 相手より先に触るためのダッシュ
- 狭いスペースへの飛び出し
- ドリブルでの瞬間的なスピードアップ
- これらのスプリントの多くは、数秒以内に完結します。
- 反復スプリント能力:
- 一度ダッシュした後、すぐに減速・方向転換し、再び別の方向へダッシュする能力。これを90分間何度も繰り返すことが重要です。
- 例えば、攻撃に参加した後、すぐに守備に戻るために全速力で走る、といった場面です。
- 方向転換を伴うスプリント:
- 相手の動きに合わせて急激に方向を変えながら走る。
- ボールの動きに合わせて体をひねりながら加速する。
最新の研究では、1試合の走行距離のうち、スプリント(時速24km以上)が占める割合は1〜11%程度であり、実際のプレー時間では0.5〜3.5%程度と報告されています。つまり、走行距離全体から見れば、スプリントの時間は短いものの、その質(どれだけ速く、どれだけ多く、方向転換しながらスプリントできるか)が、試合の勝敗に大きく影響を与えると考えられています。
3. ポジションごとの「走力」の違い
サッカーの選手は、ポジションによって求められる走行距離、スプリントの回数、そして走りの種類が大きく異なります。
| ポジション | 平均走行距離 (90分) | スプリント回数 (目安) | 特徴的な走り |
|---|---|---|---|
| ミッドフィルダー (MF) | 10-12 km | 10-20回 (中距離が多い) | 広範囲をカバー、攻守の切り替えでの短いダッシュ |
| フォワード (FW) | 9-10 km | 20-30回以上 (短距離が多い) | 裏への抜け出し、カウンターでの直線的なスプリント |
| サイドバック (SB) / ウイングバック (WB) | 10-11 km | 15-25回 (長距離スプリントも) | 上下動が多く、タッチライン沿いのオーバーラップ |
| センターバック (CB) | 9-10 km | 5-10回 (短距離・方向転換) | 危険察知からのカバー、相手への寄せ |
| ゴールキーパー (GK) | 4-6 km | 瞬発的な飛び出しが多い | シュートストップ、カウンターへの反応 |
このように、フォワードは「短く、速い直線スプリント」が多く、ミッドフィルダーは「広範囲をカバーしつつ、短いダッシュを繰り返す」能力、サイドバックは「長い距離のスプリントと持久力、攻守の切り替え」が求められるなど、それぞれに特化した「走力」が必要です。

【練習法例:小学生・中学生向け】
- 「5mダッシュ競争」: 狭いコーンの間を5m間隔で置き、そこに到達するまでの速さを競う。最初の数歩の加速を意識させる。
- 「方向転換ダッシュ」: コーンをジグザグに並べ、ボールなしで、またはボールを運びながら、素早く方向転換してダッシュする練習。
- 「反復スプリント」: 15m程度の距離を全力ダッシュし、ジョグで戻る、を繰り返す。心拍数を上げつつ、疲労下でのスピードを意識させる。
- 「鬼ごっこアレンジ」: 攻撃側はボールを持って、守備側はボールなしで追いかける。予測と瞬発的な加速・方向転換の判断力を養う。
解説:明らかになったことと今後の可能性
今回の複数の研究を総合すると、50m走の記録は、選手の基本的な加速ポテンシャルを示す一つの指標としては意味がありますが、サッカーの試合における「走力」の全てを測るものではないことが明らかになりました。サッカーで本当に求められるのは、短い距離での爆発的な加速、それを繰り返す能力、そして方向転換を伴う複雑なスプリントです。
この知見は、サッカーのトレーニングや選手評価に大きな変化をもたらすでしょう。
- より実践的なトレーニングへのシフト: 単に長距離を走るだけでなく、試合で頻繁に起こる「短い距離での加速・減速・方向転換」に特化したトレーニングが重視されるようになります。GPSトラッカーや高速度カメラを使った走行データの分析も、より細分化され、個々の選手の課題に合わせたメニューが組まれるようになるでしょう。
- 選手評価の多角化: セレクションやスカウティングにおいて、50m走のタイムだけでなく、「5m・10mの加速タイム」「反復スプリント能力テスト」「方向転換能力テスト」など、よりサッカーに特化した多様なテストが導入される可能性があります。
- ポジション別トレーニングの進化: 各ポジションの役割に応じた、より専門的な「走力」強化プログラムが開発されるでしょう。例えば、フォワードには瞬間的な爆発力、ミッドフィルダーには反復性とスタミナ、サイドバックには長い距離のスプリントと持久力、といった具合です。
将来的には、AIが試合中の選手の動きを分析し、「この選手は、疲労が溜まってくると〇〇メートル以上のスプリントが減少する」「〇〇方向への方向転換スプリントに課題がある」といった、詳細なフィードバックを瞬時に提供するシステムが確立されるかもしれません。これにより、選手は自分の「走力」をより深く理解し、効率的に改善していくことができるようになるでしょう。
考察:現場で使う上での課題は?
サッカーにおける「走力」の多面性を理解することは重要ですが、これを実際の現場に落とし込む際には、いくつかの課題が伴います。
1. 指導者の専門知識と理解
「走る」という動作は、非常に奥が深く、バイオメカニクスの知識も必要です。指導者が、単に「速く走れ」と指示するだけでなく、選手の体の使い方、地面への力の伝え方などを理解し、具体的な改善策を指導できるだけの専門知識を持っている必要があります。指導者向けの研修や情報共有の機会を増やすことが重要です。
2. 「速さ」と「サッカーの技術」のバランス
いくら速く走れても、ボールコントロールやパス、戦術理解などのサッカー技術が伴わなければ、試合で活躍することはできません。走力はあくまでサッカーにおける一つの要素であり、他の技術と組み合わせて初めて真価を発揮します。トレーニングにおいても、走力強化とサッカー技術向上をバランス良く行う必要があります。
3. 成長期の子どもへの配慮
特に小学生や中学生の成長期の子どもたちにとって、過度なスプリントトレーニングは怪我のリスクを高める可能性があります。個々の成長段階や体力レベルに合わせた、無理のない範囲でのトレーニング計画が不可欠です。
これらの課題を乗り越え、科学的知見を現場の指導に活かすことができれば、日本のサッカー選手は、より「賢く」、そして「効率的に」走れるようになり、世界の舞台で活躍するための大きな武器となるでしょう。
まとめ
50m走の記録は、選手の基本的な加速ポテンシャルを示す一つの指標として意味があります。しかし、サッカーで本当に求められる「走力」は、単なる直線でのスピードだけではありません。短い距離での爆発的な加速、それを繰り返す能力、そして急な方向転換を伴うスプリントこそが、試合の勝敗を左右する重要な要素なのです。
これからのサッカーでは、単に足が速いだけでなく、「いつ、どこで、どのように速く走るか」という、より実践的で戦術的な「走力」が求められます。科学的な知見をトレーニングに取り入れ、個々の選手の特性に合わせた走力開発を行うことで、私たちは、よりスピード感があり、見る者を魅了するサッカーを目にすることができるでしょう。
また、今現在、ポジションチェンジで悩んでいる方についても自分ができる「走力」というものにも着眼して試してみると思いもよらない発見があるかもしれませんね。
スポーツと科学の融合は、これからも私たちの想像を超える進化を遂げていくことでしょう。あなたの「走り」も、科学の力でさらに磨きをかけられるはずです!
参考文献・論文
以下に、走りの初速や加速局面に関する研究、およびサッカーにおけるスプリント能力の評価に関する主要な論文の例を挙げます。これらの論文は、今回の記事で述べた内容の根拠となっています。
- サッカーにおけるスプリントと反復スプリント能力に関するレビュー
- タイトル: Repeated-sprint ability in football: a review
- 著者/発表年: M. Buchheit, M. K. Laursen (2013)
- 要点: サッカー選手に特化した反復スプリント能力の重要性、評価方法、およびトレーニングに関する包括的なレビュー。サッカーの試合が、単発のスプリントではなく、短い距離でのスプリントの繰り返しによって構成されていることを強調しています。
- サッカーのポジションごとの走行距離・スプリント回数に関する分析
- タイトル: Work Rate of Players in the English Premier League
- 著者/発表年: R. Bradley, T. W. M. Small, et al. (2010)
- 要点: イングランド・プレミアリーグの試合における選手の走行距離、スプリント回数、高速走行距離などをポジション別に分析した研究。各ポジションで求められる身体的負荷の違いを明確にしています。
【医療情報に関する免責事項】 この記事は、複数の論文の内容を統合し、一般向けに解説したものであり、一般的な医療アドバイスを提供するものではありません。特定の症状や疾患については、必ず専門の医療機関にご相談ください。また、運動指導においては、必ず専門の指導者のもと、安全に配慮して行ってください。


