【論文解説】練習の王様から試合の王様へ!科学が解き明かす「賢いドリブル」の育て方

サッカー

「練習では上手いのに、試合になると何もできない…」「マーカーを使ったドリブルでは凄いのに試合では全く活用されていない…」

指導者や保護者なら、一度は抱いたことのある悩みではないでしょうか。スラロームを抜けるスピードはチームで一番。リフティングも誰より上手い。しかし、試合でいざ相手を前にすると、下を向いてボールをこねるばかりで、フリーの味方を見つけることができない。

この「練習の王様」現象は、なぜ起きてしまうのでしょうか?

今回は、その根本的な原因に迫り、試合で本当に使える「判断力」をどう育てるべきか、その科学的なヒントを与えてくれる画期的な論文をご紹介します。この記事を読めば、単なるボール技術だけではない、「サッカー脳」を鍛えるという新しい視点が得られるはずです。

この論文、すごさを3行で言うと

  • ドリブル練習に「簡単な頭脳タスク」を加えるだけで、選手のパフォーマンスがどう変わるかを実験した。
  • 「頭を使いながら」のドリブルは、ただのドリブルよりタイムが落ちることが全年代で判明した。
  • このパフォーマンス低下こそ「サッカー脳に負荷がかかっている」証拠であり、この負荷こそが判断力を鍛える鍵だと科学的に示した。

解説:研究の背景と目的

なぜ、この研究が必要だったのか?

サッカーは、足でボールを扱うという非常に複雑な運動です。それに加え、試合中は常に周りの状況を認知し(味方と敵の位置は?スペースはどこか?)、次に何をすべきか(パスか、ドリブルか、シュートか)を瞬時に判断し、実行に移さなければなりません。

つまり、トッププレイヤーは「ボールを扱うタスク」と「周りを見て判断するタスク」という2つの作業(デュアルタスク)を同時にこなしているのです。

しかし、従来のドリブル練習の多くは、前者の「ボールを扱うタスク」に特化しすぎていました。そこでこの研究グループは、練習に意図的に「認知的な負荷」を加えると、選手のパフォーマンスにどのような影響が出るのかを検証し、より試合に近い状況を練習で作り出すための科学的根拠を得ようとしたのです。

参照する論文紹介

  • タイトル: The effect of adding a cognitive task on dribbling performance in young soccer players: a cross-sectional study
  • 著者: Olmedo-Martín, R., et al.
  • 発表誌/年: PeerJ, 2023
  • DOI: 10.7717/peerj.14785

解説:ここがスゴい!論文のポイント

この研究の独創的な点は、そのシンプルな実験設計にあります。研究グループは、U10、U12、U14のサッカー選手たちに、2種類のドリブルテストを行いました。

ポイント①:実験内容:「ただのドリブル」 vs 「考えながらドリブル」

  1. シングルタスク条件(ただのドリブル) 選手は、決められたスラロームコースを、できるだけ速くドリブルします。求められるのは、純粋なボールコントロール技術とスピードです。
  2. デュアルタスク条件(考えながらドリブル) 選手は、全く同じコースをドリブルしますが、その最中にヘッドフォンから流れてくる数字の列(例:「3、8、5、2…」)を聞き、その数字が「奇数」か「偶数」かを声に出して答え続けなければなりません。

この「奇数・偶数」の判断は、まさに試合中に「敵が右から来たから左へ行こう」と判断するような、認知的なタスクを擬似的に作り出しています。脳のリソースの一部を、ボールコントロール以外のことに割かせるのです。

ポイント②:結果:「デュアルタスクコスト」の発生

結果は、全ての年代の選手において驚くほど一貫していました。

デュアルタスク条件(考えながらドリブル)のタイムは、シングルタスク条件(ただのドリブル)よりも、有意に遅くなったのです。

このパフォーマンスの低下を、専門用語で「デュアルタスクコスト」と呼びます。これは、「脳は一度に処理できる情報量に限界がある」という事実を明確に示しています。ドリブルという運動タスクに、認知タスクが加わったことで脳が「渋滞」を起こし、結果としてドリブルのスピードが落ちたのです。

「練習の王様」が試合で活躍できないのは、まさにこのデュアルタスクコストが原因です。練習(シングルタスク)では脳のリソースを100%ドリブルに使えますが、試合(デュアルタスク)では、相手を見たり、味方を探したりすることに脳のリソースを奪われ、ドリブルの質が著しく低下してしまうのです。

解説:明らかになったことと今後の可能性

この研究の最も重要なメッセージは、「パフォーマンスが落ちた」という事実そのものではありません。むしろ、「意図的にデュアルタスクコストをかける練習こそが、サッカー脳を鍛える上で不可欠である」ということを科学的に裏付けた点にあります。

脳も筋肉と同じで、負荷をかけることで成長します。常に「考えながら」プレーする習慣をつけることで、脳の情報処理能力は向上し、やがてドリブルのような基本的な技術は、あまり脳のリソースを使わない「自動化」されたスキルへと昇華していきます。

技術が自動化されて初めて、選手は脳のリソースを「周りを見て、判断する」という、より高度なタスクに集中させることができるのです。久保建英選手のような選手が、常に顔を上げてプレーできるのは、ボールコントロールが完全に自動化されているからに他なりません。

【明日からできる!賢いドリブル練習法】

  • コーチの指示で方向転換: 2色のマーカーに向かってドリブル。コーチが叫んだ色のマーカーをターンする。
  • じゃんけんドリブル: 対面でドリブルしながら、コーチが出す「じゃんけん」に勝つように後出しで手を出す。
  • 番号呼び出し: 複数人が背番号付きのビブスを着て動く。ドリブラーは、顔を上げて空いている選手の番号を呼びかける。

考察:現場で使う上での課題は?

このような認知トレーニングを導入する際、指導者が注意すべき点もあります。

  • 難易度設定: 最初から難しすぎる課題を与えると、選手は失敗体験ばかりを重ね、モチベーションを失ってしまいます。簡単な課題から始め、成功体験を積ませながら徐々に難易度を上げていくことが重要です。
  • 「楽しさ」の演出: 特に低学年の選手にとっては、「頭を使う=面倒くさい」になりがちです。上記で紹介した練習のように、ゲーム感覚で楽しみながら、自然とデュアルタスクの状況を作り出す工夫が求められます。

まとめ

今回は、「賢いドリブル」を科学的に育てるためのアプローチについてご紹介しました。

  • 試合でのプレーは、常に2つ以上のことを同時にこなす「デュアルタスク」である。
  • 練習で意図的に「認知的な負荷」をかけることで、脳の情報処理能力は鍛えられる。
  • 技術を「自動化」して初めて、周りを見て判断するための脳の余裕が生まれる。

もしあなたのチームに「練習の王様」がいるのなら、それは技術がないのではなく、脳の使い方が試合に対応できていないだけなのかもしれません。

足元の技術と同時に、「サッカー脳」を鍛える。その視点が、選手の可能性を無限に広げる鍵となるはずです。

【免責事項】 本記事は、公開されている学術論文に基づいた情報提供を目的としており、特定の治療法やトレーニング法を推奨するものではありません。怪我の予防や治療、専門的なトレーニングに関しては、必ず医師や資格を持つ専門家の指導のもとで行ってください。

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