「あの選手のドリブルは、まるでボールが足に吸い付いているようだ…」
サッカーを見ていて、そう感じたことはありませんか?リオネル・メッシが密集地帯をスルスルと抜けていく動き。三笘薫が相手を置き去りにする、あの独特な加速。アンドレス・イニエスタが見せた、ボールが体の一部になったかのようなターン。
私たちはそれを「才能」や「感覚」という言葉で表現してきました。しかし、もしその「神技」の正体を、科学の力で解き明かせるとしたら…?
こんにちは!スポーツ科学の世界を探求する「スポーツと論文」です。今回は、これまで感覚で語られがちだったドリブルの巧みさを、選手の「体の使い方」から解明した画期的な論文をご紹介します。この記事を読めば、あなたのサッカー観が変わるだけでなく、明日からの練習で意識すべきポイントが明確になるはずです。
この論文、すごさを3行で言うと
- 一流選手は、イニエスタのように「コンパスの針」のようなブレない軸足で、完璧な安定性を生み出している。
- ボールを触る足は、股関節を起点に「鞭」のように使い、三笘薫のような爆発的な推進力を生んでいる。
- この「軸足の安定」と「蹴り足のしなやかさ」のコンビネーションこそが、ボールが足に吸い付く秘密だった。
解説:研究の背景と目的
なぜ、この研究が必要だったのか?
ドリブルは、サッカーにおいて最も重要なスキルの一つです。しかし、その指導は、指導者自身の経験や「もっとボールタッチを柔らかく」「腰を落として」といった感覚的なアドバイスに頼ることがほとんどでした。
もちろん、そうした指導も重要です。しかし、選手一人ひとりの体の特徴が違う中で、より科学的で、客観的なデータに基づいた指導法があれば、選手の成長をさらに加速させられるはずです。
そこで、この研究グループは、「ドリブルが上手い選手と、そうでない選手では、具体的に体の使い方がどう違うのか?」という疑問に、最先端のテクノロジーで答えを出すことを目指しました。特に、ボールをコントロールする上で重要な「軸足(Support Leg)」と「ボールを触る足(Ball-contact Leg)」の動きに着目したのです。
参照する論文紹介
- タイトル: Kinematic analysis of the support leg and ball-contact leg during dribbling in skilled and less-skilled soccer players
- 発表年: 2022年
- 論文の要点:
- 課題: ドリブルの熟練者と非熟練者の間で、具体的な動作(キネマティクス)にどのような違いがあるのかを解明する。
- 方法: モーションキャプチャシステムで、ドリブル中の選手の「軸足」と「ボールを触る足」の関節の動きを精密に計測・比較した。
- 結果: 熟練者は、軸足の安定性が高く、ボールを触る足の股関節と膝の連動が非常にスムーズであることが明らかになった。
解説:ここがスゴい!論文のポイント
この研究では、選手の体に数十個のマーカーを取り付け、その動きを複数のカメラで撮影する「モーションキャプチャ」という技術が使われました。これにより、関節の角度や速度をミリ単位、0.01秒単位で分析できます。
その結果、明らかになった熟練者と初心者の決定的な違いは、大きく2つありました。
ポイント①:安定感を生む「軸足」の使い方
【具体例】イニエスタの「コンパス」のような軸足
バルセロナやヴィッセル神戸で活躍したアンドレス・イニエスタ選手のプレーを思い出してください。相手に囲まれても慌てず、クルリと反転して相手をいなす「ラ・ペロピナ」は彼の代名詞でした。あのプレーを支えていたのが、まさにコンパスの針のように、常に地面を捉えてブレない軸足です。
ドリブルが上手い選手は、ボールを触る前から、軸足の膝が適度に曲がり、重心が低い位置で安定しています。軸足が安定しているからこそ、上半身はリラックスし、360度どこへでもボールを運べる選択肢を持てるのです。

一方、初心者は、軸足の膝が伸びて棒立ちになりがちです。そのため重心が高く、ボールを触るたびに体がグラついてしまいます。これでは、次のプレーにスムーズに移ることができません。
【練習のヒント】 「片足で目を閉じて10秒間立つ」。まずはこの単純なバランストレーニングから始めてみましょう。グラグラしませんか?これが、イニエスタがピッチで見せていた超人的なバランス感覚の基礎です。ドリブル練習の前に、この静的なバランスを確認するだけでも、軸足への意識は大きく変わります。
ポイント②:ボールが吸い付く「ボールを触る足」の秘密
【実例】三笘薫の「抜き去る」ドリブルの秘密
これが、この論文の最も興味深い発見です。三笘薫選手のドリブルは、なぜ相手が分かっていても止められないのでしょうか。その秘密は、足先だけのスピードではありません。股関節を起点とした「体の使い方」にあります。
熟練者は、ボールに触れる直前、股関節をグッと体に引きつけ(屈曲させ)、その力を解放するように膝から下を鞭のようにしならせてボールを押し出しています。
三笘選手の場合、相手と対峙した際に、ボールに触れずに体全体を揺さぶるフェイントを入れます。あの動きこそ、まさに股関節を巧みに使って重心を移動させている証拠です。相手の重心がズレた一瞬を見逃さず、溜めていたパワーを解放して一気に抜き去る。この「静から動」への爆発的な切り替えが、股関節と膝の連動によって生み出されていたのです。

対照的に、初心者は股関節と膝の動きが硬く、足首に近い部分だけでボールを「叩いて」しまいがちです。これではボールが体から離れやすく、相手に奪われる原因になります。
【練習のヒント】 その場で足踏みをするように、交互に股関節から足を高く引き上げる「ハイニードリル」をやってみましょう。この時、ただ足を上げるのではなく、「引き上げた股関節を、素早く地面に下ろす」という意識を持つことが重要です。この股関節の素早い「屈曲→伸展」の動きが、推進力のあるドリブルの源になります。
解説:明らかになったことと今後の可能性
この研究は、ドリブルの巧みさが、単なる足先の技術ではなく、下半身全体の動きが連動した結果であることを、客観的なデータで示しました。
【実例】Jリーグアカデミーでの活用
この発見は、すでに育成の現場を変え始めています。例えば、あるJリーグの下部組織では、ユース選手のドリブルフォームを定期的にハイスピードカメラで撮影・分析しています。
あるU-15の選手は、ボールタッチの技術は高いものの、一対一でなかなか抜けませんでした。データを分析したところ、彼の課題は「軸足の膝が、ボールを触る瞬間に内側に折れてしまう(Knee-in)」ことだと判明。これにより、地面からの力をうまくボールに伝えられずにいたのです。
コーチはデータに基づき、彼に片足スクワットなどの軸足の安定性を高める特別なトレーニングを処方しました。3ヶ月後、彼のドリブルは見違えるように力強くなり、自信を持って相手に仕掛けられるようになったのです。
このように、かつては指導者の「経験と勘」に頼っていた部分が、データによって「見える化」され、より的確な指導が可能になっています。
考察:現場で使う上での課題は?
もちろん、このテクノロジーをすぐに全てのチームで導入するには、いくつかの課題があります。
- コストと専門知識: モーションキャプチャシステムは依然として高価であり、データを正しく分析・解釈できる専門家も必要です。
- 画一化のリスク: データ上の「理想のフォーム」を追求しすぎると、選手の個性や創造性を失わせてしまう危険性もはらんでいます。ネイマール選手のような独特なリズムを持つドリブラーの動きを、すべてデータで説明し、再現できるわけではありません。
大切なのは、データを盲信するのではなく、あくまで選手を理解するための補助ツールとして活用すること。 科学的な知見と、選手自身の感覚や指導者の経験をすり合わせることが、選手の成長を最大化する鍵となるでしょう。
まとめ
今回は、ドリブルの「神技」を科学の目で解き明かした研究をご紹介しました。
- イニエスタのような、安定した「軸足」が土台を作る。
- 三笘薫のような、しなやかな「股関節と膝の連動」が、吸い付くようなボールタッチと推進力を生む。

これまで感覚でしか語れなかったドリブルの極意が、具体的な「体の使い方」として明らかになったのです。
この記事を読んだあなたが、明日からの練習で「軸足」や「股関節」を少しでも意識してくれたら、それこそが科学がスポーツにもたらす最も大きな価値なのかもしれません。
科学の力を味方につけて、あなたも「ボールと友達」になりませんか?
【免責事項】 本記事は、公開されている学術論文に基づいた情報提供を目的としており、特定の治療法やトレーニング法を推奨するものではありません。怪我の予防や治療、専門的なトレーニングに関しては、必ず医師や資格を持つ専門家の指導のもとで行ってください。


